富山縣護國神社
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平成20年
一月祭典行事案内(平成二十年十二月三十日)

平成二十一年(紀元二六六九年)
一月行事案内
  初 詣
   一日(木) 午前零時 歳旦祭

   七日(水) 午前九時 昭和天皇祭
  十一日(日) 午前六時 青空のみの市
  十五日(木) 午前七時 月次祭竝に成人祭(朝粥神事)
         午前八時 月次釜(初釜)
         午前九時 みおや祭
         午前十時 永代祭
  十八日(日) 午前十時 永代祭


行事案内
 天皇陛下御即位二十年奉祝富山県民大会
  日 時  一月三十一日(土)午後一時三十分
  会 場  富山国際会議場二階多目的会議室
  入 場  どなたでも参加できます
 引続き午後二時二十分より  
  記念講演
  演題 「弓なして明(あか)る」日本
         ―平成の大御代に生きる―

        岬みな 海照らさむと 点(とも)るとき
               弓なして明る この国ならむ
              皇后陛下御歌「海」 昭和五十二年

  講師 筑波大学名誉教授 竹本 忠雄 氏

天長祭竝に諸祭事報告(平成二十年十二月二十五日)

畏くも天皇陛下におかせられましては七十五歳の御歳をお迎へになられました二十三日の午前十時より、衆議院議員長勢甚遠先生をはじめ責任役員、総代、崇敬會員、日本会議富山運営委員の皆様方約四十名参列いただき天長祭を齋行いたしました。
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午後一時三十分より、水の御恵に感謝いたします御井祭、引続き一年間に奉納されました絵馬の焼納祭を齋行いたし、本殿に移動して祈祷殿より大拜殿までをすす払ひいたしました。
そして午後二時より正月の奉仕いたします福ひめ(臨時巫女)の認証式を執り行ひました。
三十一日には、午後三時より大祓、午後四時より除夜祭を齋行いたします。
一年で最も大事且つ神聖な日であるお正月に向けて、万全の体制でお迎へ出来ますやうに準備を整へ、皆様をお待ち申し上げます。
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御井祭
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絵馬焼納祭
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すす払ひ
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福ひめ認証式


遺芳録のページに山崎憲進命・枝幹二命・松井正一命・根尾久男命を掲載いたしました。(平成二十年十二月二十四日)

山崎憲進命(やまさきけんしんのみこと)
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昭和二十年四月十六日
沖縄洋上にて特攻戦死
海軍甲種飛行予科練習生第十期
上平村出身

枝幹二命(えだかんじのみこと)
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昭和二十年六月六日
沖縄洋上にて特攻戦死
陸軍特別操縦見習士官
富山市鹿島町二十三歳

松井正一命(まついしょういちのみこと)
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昭和二十年八月九日
フィリピン群島北部ルソン島にて戦死
上新川郡大山町出身

根尾久男命(ねおひさおのみこと)
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昭和二十年三月十一日
南太平洋ウルシー海域にて特攻戦死
海軍飛行予備学生十三期生
砺波市出身 二十六歳


十二月祭典行事案内(平成二十年十二月二日)

十二月行事案内

  一日(月) 午前九時 富山縣鎭靈神社(祖霊社)月次祭
        午前十時 永代祭
  七日(日) 午前六時 青空のみの市
        午前十時 永代祭
  十五日(月) 午前七時 月次祭(朝粥神事)
             (神符頒布始祭)
        午前八時 月次釜
        午前九時 みおや祭
        午前十時 永代祭
二十三日(火) 午前十時 天長祭
        午後一時三十分 御井祭
             絵馬焼納祭
             すす払ひ
        午後二時 福ひめ認証式
二十五日(木) 午前九時 大正天皇祭
三十一日(水) 午後三時 大祓
        午後四時 除夜祭

平成二十一年(紀元二六六九年)
一月一日(木) 初 詣    

 

どんぐり大きくなーあれ(平成二十年十一月二日)

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第十三回どんぐり祭が十月二十七日に齋行されました。
どんぐり祭は、戦後焼失した境内の樹木を取り戻し、緑豊かな自然を守り育て後世に残すとともに子供たちに木々を大切にする心を育んでもらはうとして行はれてゐる祭典であります。
祭典では、協力いただいてをります富山森林管理署や環境問題とやま懇話会、崇敬會員の皆様より奉納された「どんぐり」や「トチノキ」「ロウバイ」などの苗木を祓ひ清め、木々の成長をお祈りした後、當神社林苑顧問の松久卓様より講話をいただき、参列された崇敬會員や雲雀ヶ丘保育園の園児らはどんぐりの種類や実の形、生育環境などについて説明を受けました。
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また神苑では、古里チャリティー茶会より奉納された「コナラ」の記念植樹を行ひ、苗木やどんぐりをひとつひとつ手で植ゑてゆきました。鳥や鼠に食べられたりしてうまく育つのは難しいといふことですが、園児たちは元気に育つのを願ひながら、たくさんのどんぐりに次々と土をかぶせてゆきました。
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十一月祭典行事案内(平成二十年十一月二日)

十一月行事案内

  一日(土) 午前九時 富山縣鎭靈神社(祖霊社)月次祭
        午前十時 永代祭
  二日(日) 午前六時 青空のみの市
  十五日(土) 午前七時 月次祭(朝粥神事)
        午前八時 月次釜
        午前九時 みおや祭
        午前十時 永代祭
        七五三詣
 十六日(日) 午前十時 永代祭
二十三日(日) 午前八時半 新嘗祭

 

初詣臨時巫女「福ひめ」募集中(平成二十年十月二十二日)

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正月に奉仕されます、臨時巫女「福ひめ」を募集致してをります。
神様のお側近くに仕へ、参詣者と接する当社の顔となる「福ひめ」はとても重要なお務めであり、貴重な体験になるものと思ひます。ご希望の方は、お気軽にお問合せ下さい。

対  象  高校生以上~大学生までの方
人  数  四十名程度
受付期間  十月一日(水)~十二月七日(日)
巫女認証式 十二月二十三日(祝・火)午後二時
奉仕期間  一月一日~七日頃
※十二月二十三日の説明会に出席できる方のみとさせていただきます。
随時社務所にて受け付けてをりますので、直接お越しいただき、所定の用紙にご記入の上お申込下さい。

高校生男子による助謹者も募集致してをります。
主な仕事は、正月期間中の神主の手伝いです。
詳細はお問合せ下さい。

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秋季例大祭祭事報告(平成二十年十月十三日)

十月五日(日)午前十時に秋季例大祭が齋行されました。
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 秋季例大祭に先立ち午前九時より富山縣鎭靈神社秋季祭が齋行され、そして県民あげて齋行される春秋の最も重要なおまつりが、約五百名の方が参列し戦歿御英靈に感謝の誠を捧げられました。
秋祭りの大変忙しい中、富山県神社庁各支部から、また富山県神道青年会・富山県神社庁雅楽部から十一名のご奉仕をいただきました。
祭典は、宮司祝詞奏上に続き、新田八朗崇敬総代会長が参向使祝詞を奏上、富山縣知事(代理)・四方正治富山縣議会議長の祭詞奏上の後、巫女のよる『みたま慰めの舞』、富山縣詩吟剣舞連盟による詩吟剣舞『金州城下の作』乃木希典作が、吟士 東海岳晃氏・剣士 伊藤天水氏によりまして奉納されました。
御参列御奉納賜りました皆様、御助勢いただきました皆様方に心より厚く御礼申し上げます。
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 富山縣鎭靈神社秋季祭
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十月祭典行事案内(平成二十年十月三日)

十月行事案内

  一日(水) 午前九時 富山縣鎭靈神社(祖霊社)月次祭
        午前十時 永代祭 

 五日(日) 午前十時 秋季例大祭
  四日 午後四時 宵宮祭
  五日 午前九時 富山縣鎭靈神社秋季祭 
     午前十時
 秋季例大祭
       『みたま慰めの舞』
      『詩吟剣舞』の奉納があります
     午後四時 成就祭
  
  十二日(日) 午前六時  青空のみの市
        午前十時  永代祭
  十五日(金) 午前七時  月次祭(朝粥神事)
        午前八時  月次釜
        午前九時  みおや祭
        午前十時  永代祭
 

遺芳録のページに高邑登命・梶原正雄命・野村勇命を掲載いたしました。(平成二十年九月二十八日)

高邑登命(みこと)
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昭和二十年七月十五日
比島ルソン島マニラ東方地区にて戦死
陸軍少年飛行兵第九期生
下新川郡舟見町出身


梶原正雄命(みこと)
 昭和十九年九月三十日
  中部太平洋マリヤナ島にて戦死
  中新川郡雄山町大清水出身 二十三歳


野村勇命(みこと)
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昭和二十年六月五日
飛行訓練中殉職
海軍甲種飛行予科練習生第十三期生
富山市奥田

第二十四回表千家献茶式が齋行されました平成二十年九月二十四日

第二十四回表千家献茶式並びに桜菊茶会が富山縣護國神社表千家献茶会主催、表千家同門会富山県支部協賛にて、平成二十年九月十七日(水)に表千家家元 千宗左宗匠をお迎へして開催いたしました。
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 午後一時からの献茶式では、神社役員や県遺族会、表千家同門会富山県支部、県茶道連盟、北日本茶会の関係者ら約四百名が参列し、栂野守雄宮司の祝詞奏上の後、献茶の儀が執り行はれ、表千家家元 千宗左 宗匠が洗練されたお点前を厳かに披露され、濃茶、薄茶を御神前にお供へしました。
 戰場で倒れられた御英靈たちが、末期の水もいただけぬまま亡くなられたことに思ひを馳せ、故郷の清水で点てられたお茶を当代一流の茶人によつて捧げ奉るものであり、十月五日の秋季例大祭を前に齋行されたものであります。
 献茶式に合はせ、表千家同門会富山県支部(谷野亮爾支部長)が担当する「桜菊茶会」も開かれ、秋の気配を感じながら一服を味はいました。
 御関係各位の御協力に感謝申し上げ、御報告いたします。

遺芳録のページに中尾邦為命・笹倉林治命・高井浅則命を掲載いたしました。(平成二十年九月二十四日)

中尾邦為命
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昭和二十年一月六日
リンガエン湾にて特攻戦死
婦負郡八尾町出身


笹倉林治命
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昭和二十二年十二月二十九日
マニラにて法務死
富山市四方町出身 二十六歳


高井浅則命
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昭和二十年五月十二日
沖縄本島那覇方面にて戦死
富山市水橋中村町出身 二十三歳

第九回元服立山登拜無事に終了しました(平成二十年九月十二日)

第九回元服立山登拜を八月二十四日から二十六日まで二泊三日の行程で開催しました。
一日目は神社で結成式を行ひ出発、室堂まで交通機関を利用してから登拜が始まりました。室堂から雷鳥沢キャンプ場へ進み、雷鳥沢を登つて別山をお参りして内蔵助山荘に泊まりました。二日目は富士の折立を登り大汝山を経て雄山山頂の雄山神社峰本社で元服成就祭の祈願を受け、三の越の昭和天皇御製碑前で「立山の御歌(みうた)」を奉唱、一の越より浄土山へ登り、「軍人靈碑(ぐんじんれいひ)」に献茶・参拜の後、國歌を斉唱しました。その後一の越へ戻り雷鳥沢への旧道を下つて雷鳥沢ヒュッテに泊まりました。三日目は出発前にサポーターの栗林進男宗匠にお抹茶いただき、地獄谷・大谷を経て天狗平山荘で昼食、天狗平周辺を散策してバスに乗り、神社で終了式を行ひ無事に終了しました。
登拜では、ガイドの佐伯成司さん、ナチュラリストの佐藤武彦さん、元富山県営林署署長の松久卓さんからはたくさんのことを教へていただきました。
隊員諸君、サポーターの皆様をはじめ、雄山神社、各山小屋の皆様、協賛いただきました富山縣護國神社崇敬会、青空のみの市、富山みらいロータリー、富山南ライオンズクラブ、立山黒部貫光株式会社、後援いただきました報道各社の方々のお蔭で無事に開催できましたこと、深く御礼申し上げます。ありがたうございました。
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 結成式                 室堂山荘前にて
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 ミドリガ池・ミクリガ池付近       雷鳥沢キャンプ場より
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 浄土橋より               雷鳥沢付近
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 剣御前小屋を出発            別山にて
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 別山硯ヶ池にて             内蔵助山荘夕食前
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 夕食後、日没の様子           隊長以下スタッフ・サポーターの皆様
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 内蔵助山荘出発後            富士の折立までの登り
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 峰本社にて元服成就祈願祭典後      峰本社社務所前にて
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 三の越の御製碑にて           二の越付近
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 浄土山・軍人靈碑で献茶・参拜後    浄土山では雷鳥とオコジョを見ました
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 一の越から雷鳥沢までの旧道      栗林宗匠による茶会
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 雷鳥沢ヒュッテのテラスにて       ヒュッテ出発前
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 地獄谷                 篠田チーフサポーターと班長たち
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 天狗平山荘より剱岳を背に       佐藤ナチュラリストさんのお話の様子
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 終了式 修了証授与          隊旗に隊員各自の名前を記入
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 迎へのご家族と一緒に撮影

九月祭典行事案内(平成二十年九月八日)

九月行事案内

   一日(日) 午前九時  富山縣鎭靈神社(祖霊社)月次祭
         午前十時  永代祭
   七日(日) 午前六時  青空のみの市
         午前十時  永代祭
  十五日(日) 午前七時  月次祭(朝粥神事)
         午前八時  月次釜
         午前九時  みおや祭
         午前十時  永代祭
  十七日(水) 午後一時  第二十四回 表千家献茶式(櫻菊茶会)
           家元 千宗左宗匠奉仕

万灯みたままつり祭事報告(平成二十年八月五日)

平成二十年万灯みたままつり諸祭典行事が滞りなく終了することができました。
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祭典行事にご参加いただきました皆様、あんどんをご奉納いただきました皆様や絵をご奉納いただきました皆様、特別あんどんをご奉納いただきました皆様、夏のをどりをご奉納いただきました藤間勘史社中の皆様をはじめたくさんの方々のご協力により盛大裡に齋行できましたこと、先ずもって感謝申し上げます。
ここに一部ですが写真を掲載いたします。
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午前十時 富山縣鎭靈神社例大祭
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午前十時三十分 万灯みたままつり並びに永代講大祭
夏のをどり 
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踊り手 藤間 史弥好 (小曲)白扇   桶谷 柚衣(5歳) (小曲)子守
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小古井 季(小6) 二反田 純子     藤間 史弥奈 (新舞踊)すみだ川
(宮城県民謡)さんさ時雨    
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踊り手 馬場 梨彩子(中3)         唄ひ手 中田 好美 九段の母
唄ひ手 中田 好美 
(新舞踊)風雲田原坂 
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夏のをどりが終はり、みあかりを灯して参拝いただきました。
また特別あんどんは、富山県出身の著名な書家、画家の先生方や俳優、また全国の有名な方々に奉納いただいてをります。
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本年ご奉納いただきました方のお名前を順不同、敬称は省略にて紹介いたします。
大島 秀信氏、野上 祇麿氏、青柳 志郎氏、中野 清韻氏、木村 阿津湖氏、
小泉 正雄氏、藤井 和子氏、澤 大道氏、吉川 正紀氏、吉田 桂介氏、
小田 玉瑛氏、千 宗左氏、ペギー葉山氏、浅野 温子氏、金 美齢氏
宮崎 義敬氏、春風亭柳之助氏、日向ひまわり氏、黒部 進氏、栂野宮司
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午後七時 神楽の夕べ いでたちの舞     みたまなごめの舞

また当日午前九時より、第三十一回富山市少年相撲大会が開催されました。
大会に参加されました団体戦19チーム129名・個人戦153名の選手をはじめ、監督、大会役員の皆様方大変ご苦労様でございました。
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ここに、見事に入賞されました方々を報告いたします。
おめでたうございます。
 【団体の部】
   優勝  堀川小学校Aチーム
   次賞  池多小学校
   三位  豊田小学校Aチーム
 【個人の部】
  <四年生以下のl部>
   優勝  伊藤 博文(広田)    次勝  長房 亮佑(山室中部)
   三位  四十竹 昂太(長岡)   三位  久保 徹朗(豊田)
  <五年生の部>
   優勝  吉田 昌平(池多)    次勝  木下 雅哉(鵜坂)
   三位  山中 蓮太(呉羽)    三位  那須 鴻介(八幡)
  <六年生の部>
   優勝  稲葉 達哉(堀川)    次勝  水野 敬太(堀川)
   三位  川瀬  毅(豊田)    三位  木下 雄介(鵜坂)

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午後七時四十五分 富山市花火大会が賑々しく境内に華をそへてをりました。

八月祭典行事案内(平成二十年七月三十一日)

八月行事案内

万灯みたままつり 一日(金) 午前十時三十分
  午前九時    富山市少年相撲大会
 午前十時    富山縣鎭靈神社例大祭
 午前十時三十分 万灯みたままつり並びに
            永代講大祭
 午後七時    御神楽の夕べ

  十日(日) 午前六時  青空のみの市
       午前十時  永代祭
 十五日(金) 午前七時  月次祭(朝粥神事)
       午前八時  月次釜
       午前九時  みおや祭
       午前十時  永代祭
  午前十一時四十五分  大詔奉戴記念祭
 十七日(日)午前十一時  満蒙開拓団慰霊祭
二十四(日)~二十六日(火)
      第九回 元服立山登拜
 

遺芳録のページに藤井喜治命・中野信義命・山平賢蔵命を掲載いたしました。(平成二十年七月二十九日)

藤井 喜治 命 (ふじいよしはるのみこと)

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昭和十八年七月二十日
ソロモン群島にて戦死
福光町出身


中野 信義 命 (なかののぶよしのみこと)

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昭和十九年八月十日
マリアナ諸島方面にて戦死
富山市南田町出身

 
 
 
 
 
 
 


山平 賢蔵 命 (やまひらじんぞうのみこと)

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昭和十二年十月七日、中支戴家巷方面にて被弾、翌八日、野戦病院にて戦死
富山市安野屋 三十六歳

七月祭典行事案内(平成二十年七月四日)

七月行事案内

  一日(火) 午前九時  富山縣鎭靈神社(祖霊社)月次祭
        午前十時  永代祭
  六日(日) 午前十時  永代祭
 十五日(日) 午前七時  月次祭(朝粥神事)
        午前八時  月次釜
        午前九時  みおや祭
        午前十時  永代祭
  
万灯みたままつり
 八月一日(金) 午前十時三十分

   午前九時    富山市少年相撲大会
   午前十時    富山縣鎭靈神社例大祭
   午前十時三十分 万灯みたままつり並びに永代講大祭
   午後十九時   御神楽の夕べ

遺芳録のページに辻内三郎命・竹森義秋命・原井栄一命を掲載いたしました。(平成二十年六月二十九日)

辻内 三郎 命 (つじうちさぶろうのみこと)

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昭和十八年十二月二十七日
東部ニューギニア・シヤルムにて戦死
西砺波郡福岡町出身 三十五歳
 
 
 
 
 
 
 
 

竹森 義秋 命 (たけもりよしあきのみこと)

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昭和十二年十月十日
上海附近須宅方面にて戦死
婦負郡山田村出身
 
 
 
 
 
 
 


原井 栄一 命 (はらいえいいちのみこと)

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昭和十九年七月六日
ビルマ・マンダレーにて戦病死
大山町三室荒屋出身 三十五歳

六月祭典行事案内(平成二十年六月一日)

六月行事案内

  一日(日) 午前六時  青空のみの市
        午前九時  富山縣鎭靈神社(祖霊社)月次祭
        午前十時  永代祭
  十五日(日)午前七時  月次祭(朝粥神事)
        午前八時  月次釜
        午前九時  みおや祭
        午前十時  永代祭
  十七日(火)午後二時半 舞鶴特年会 慰靈顕彰祭
  三十日(月) 午後三時  夏越の大祓


遺芳録のページに藤井益二命・小森一之命・島俊之命を掲載いたしました。(平成二十年五月十七日)

藤井 益二 命

昭和十二年十月十七日
上海須宅橋亭宅にて戦死
小矢部市埴生出身 三十三歳


小森 一之 命

昭和二十年七月二十八日
沖縄南東海域にて特攻戦死
海軍甲種飛行予科練習生第十三期生
東砺波郡福野町出身 十九歳


島 俊之 命

昭和十八年六月十九日
中部太平洋方面にて特攻戦死
海軍甲種飛行予科練習生第九期
富山市一番町

創建百周年記念事業のご案内(平成二十年五月二日)

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来る平成二十五年、富山縣護國神社では、御創建されましてから百年目を迎へます。
そこで、御創建百周年記念事業に向けて、第一鳥居横に看板を設置しました。

創建百周年記念大祭齋行
平成二十五年
十月五日(土)秋季例大祭
十月六日(日)百周年記念大祭

事業内容は、記念誌の発刊・境内整備等これから計画してまゐります。

五月祭典行事案内(平成二十年五月一日)

五月行事案内

  一日(木) 午前九時  富山縣鎭靈神社月次祭
        午前十時  永代祭
  四日(日) 午前六時  青空のみの市
        午前十時  永代祭
  十五日(木)午前七時  月次祭(朝粥神事)
        午前八時  月次釜
        午前九時  みおや祭
        午前十時  永代祭
二十七日(火) 海軍記念日
        午前十時半  雄飛会靈霊顕彰祭
        午後一時   甲飛会靈霊顕彰祭
        午後二時半  海交会靈霊顕彰祭

春季例大祭のご案内(平成二十年四月二十一日)


春季例大祭 四月二十五日午前十時齋行


祖靈社(みおやのやしろ)(富山縣鎭靈神社)
 春季祭  午前九時齋行


春季例大祭奉納演舞
 詩吟剣舞(富山県詩吟剣舞連盟)
 民謡「こきりこ節」(大沢野町芸能奉仕会)


催し
 午後一時より大沢野町芸能奉仕会の皆様によりま
 す奉納舞があります。
 「麦や節」「越中おわら」など7つの演目です。


どなたでもご参列いただけます。

記念講演会、櫻とおわらの夕べ 報告(平成二十年四月十八日)

四月十三日に開催いたしました富山縣護國神社崇敬会設立三十周年記念式典竝に記念講演会、第二回櫻とおわらの夕べにご参加いただき、誠にありがたうございました。
お蔭をもちまして盛会裡に開催できましたこと重ねて厚く御禮申し上げます。
金美齢先生には、貴重な講演を賜り、また第二回櫻とおわらの夕べにもご参加いただき、一緒に輪踊りもされました。
ここに、写真にて報告いたします。
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記念講演会・櫻とおわらの夕べ 4月13日のご案内(平成二十年四月八日)


崇敬会設立三十周年記念式典竝に記念講演会 
  演題『戦後日本人の忘れ物』
  講師 金 美齢 氏
 午後3時 富山県民会館304号室

崇敬会主催 第二回 櫻とおわらの夕べ
 午後6時30分 富山縣護國神社境内

どちらも崇敬会以外の方も入場無料にて参加できます。
どうぞお誘ひ合はせの上、ご参加下さいませ。
但し、県民会館304号室は、250名を超えた場合立席となりますので御了承下さい。

境内の櫻が満開です(平成二十年四月八日)

境内の櫻が満開になりました。
13日(日曜日)に開催します
午後3時 富山県民会館304号室
崇敬会設立三十周年記念式典竝に記念講演会 
  演題『戦後日本人の忘れ物』
  講師 金 美齢 氏
午後6時30分 富山縣護國神社境内
 崇敬会主催 第二回 櫻とおわらの夕べ

この頃には、しだれ櫻も満開になりさうです。
ご参拜を心よりお待ち申し上げます。

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山茱萸(さんしゅゆ)と大島櫻と磯部富士

四月の御製板を奉掲致しました。(平成二十年四月六日)

  県庁の屋上にしてこの町の
        立ちなほりたる姿をぞ見る
  

 大東亜戦争も終局の様相を濃くしてゐた昭和二十年八月二日未明、富山市はアメリカ空軍爆撃機百数十機による空襲を受けました。一般市民の居住地に対するこのやうな爆撃は明らかなる戦時国際法違反の暴挙でした。併しアメリカは日本全国の都市に対してこの暴挙を繰返してゐたのです。
 この空襲は生半可なものではありませんでした。広島、長崎への原爆投下を除けば地方都市への空襲としては最も大規模なもので、被災人口は十一万人に近く、その内死者は二千七百人余、負傷者約八千人、そして大小約二万五千のビルや家屋が焼き払はれ、僅かに被災を免れたのは主な建物としては富山県庁や大和百貨店、NHK等だけでした。そして死者の遺体は雨晴の浜の辺りにまで流れ着いたのです。
 天皇様はこれら惨禍を蒙つた国民に深く思ひを致され戦前の二十年三月十八日には都内の被災地を視察されました。そして戦後昭和二十一年二月、神奈川県の川崎、横浜両市の被災地を訪ねられたのを皮切りに、愈々全国を訪ね、敗戦の痛手に苦しむ国民を、御親(おんみづか)ら慰問、激励しようと御決意遊ばされたのでした。かうして昭和二十九年の北海道を最後に、当時も猶アメリカの占領下にあつた沖縄を除く千四百十一箇所、総行程三万三千キロに及ぶ御巡幸を果たされたのです。この天皇様の尊い大御心と、これに応(こた)へ奉(たてま)つらんとする国民の真心、これこそが正に日本の戦後復興の原点、原動力であつたのです。
 富山県への御巡幸は昭和二十二年十月三十日、お召列車は石川県から倶利伽羅トンネルを越えて高岡へ、そしてオープンカーにて富山市へ。会場の神通中学校では五万人の市民が奉迎、一同「立山の空にそびゆる雄々しさに」と熱唱、感涙に咽びつつ万歳を叫んだのでした。そしてその折、焼け残つてゐた富山県庁を行(あん)在所(ざいしょ)(天皇の仮のお宿)とされたのです。富山県内御巡幸の三日目十一月一日、細入村にて立山杉をお手植ゑ(これが後の全国植樹祭の原点となつた。)、この夜、県民による奉迎夜会が県庁前広場にて挙行され、麦屋節、をはら節等の郷土芸能を始め、県民挙げてあらん限りの至誠を以て奉迎申し上げました。陛下は行在所の窓を開け放つて数々の奉迎の様子を天覧(天皇が御覧遊ばすこと)、最後は国歌「君が代」の大合唱、尾山富山市長が万歳三唱の音頭をとつた時、天皇が御出ましになり県民の熱誠にお応へになりました。この御出ましに感激した市長は土下座、知事と相擁して号泣したのでした。
 この御製は昭和三十三年国民体育大会に行幸の御砌に、県庁屋上より、昭和二十二年の御巡幸の時とは打つて変つた富山市内の力強い復興の様を天覧遊ばしての、お喜びの「国見(くにみ)」(高い所から其の地の情勢を見給ふ)の御製なのです。

四月祭典行事案内(平成二十年三月二十六日)

四月行事案内

  一日(火) 午前九時  富山縣鎭靈神社月次祭
        午前十時  永代祭
  六日(日) 午前六時  青空のみの市
        午前十時  永代祭
 十三日(日) 午後三時  崇敬会総会
        設立三十周年記念式典
        記念講演会
        演題『戦後日本人の忘れ物』
        講師 金 美齢 氏

        午後六時半 櫻とおわらの夕べ
 十五日(火) 午前七時  月次祭(朝粥神事)
        午前八時  月次釜
        午前九時  みおや祭
        午前十時  永代祭
 二十日(日) 午前十一時 トラック諸島戰友会慰靈祭
二十四日(木) 午後四時  宵宮祭
二十五日(金) 午前十時  春季例大祭
二十八日(月) 午前十時半 皇風煎茶禮式献茶式
二十九日(火) 午前九時  昭和祭(植樹祭)

遺芳録のページに舟木栄作命・耕作精一命・西藤武信命を掲載しました。(平成二十年三月二十日)

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舟木栄作 命
昭和十三年十月六日
中支湖北省箕心瑙附近
にて戦死
新湊市
 
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耕作精一 命
昭和二十年四月十六日
沖縄方面にて特攻戦死
海軍乙種飛行予科練習生第十八期生
立山町半屋出身 十九歳
 
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西藤武信 命
昭和十九年七月八日
マリアナ諸島にて戦死
富山市福沢出身 十九歳

三月の御製板を奉掲致しました。(平成二十年三月一日)

高だかとみねみね青く大空に
      そびえ立つ見ゆけふの朝けに
  

 昭和三十三年十月、両陛下は国民体育大会に行幸啓遊ばされましたが、その御砌初日(十八日)と二日目(十九日)には富山市の電気ビルホテルが行在所となりました。
 この御製には「立山連峰」の御題がつけられてゐますが、恐らく二日目(十九日)の朝に電気ビルホテルのお部屋より遠く立山連峰を望み、詠み給ひし御製でありませう。この日は日中には暫らく小雨も降つたやうですが、朝は「天皇晴れ」の上天気でした。大正十三年御成りの節は十一月で、当時は初めての御来県であり、新雪の白銀に耀(かがよ)ふ立山は一際御印象深くあらせられた事と拝察される次第です。二度目に当る戦後の御巡幸の御砌には立山を詠み給ひし御製は拝されなかつたやうですが、三度目の此の度は時季的には初回より二週間近く早く、冠雪は見られたでせうが、白銀に耀ふといふ程ではなかつたものと拝察されます。立山は春夏秋冬、朝昼夕と、夫々に時々刻々と変化しつつ雄大秀麗、観る者をして感嘆措く能はざらしめる、正に霊峰です。初回は摂政宮としての陸軍大演習統監、二度目以降は天皇として、国史未曾有の終戦間も無くの頃、そして今回は戦災から立ち直つた富山市内外の様子。夫々の御砌に、大空に聳え立つ立山連峰の雄姿を天覧遊ばしたのです。
 なほ、この十九日には国民体育大会秋季大会開会式に臨御されましたが、その後の天覧、御視察の途次、此処富山縣護國神社にもお立ち寄りに相成り、昇殿の御親拝こそありませんでしたが、鳥居の内にて御拝礼、別途に神饌料御下賜の栄にも浴しました。
 この夜、富山市児童クラブ協議会の児童、父兄を中心に「奉祝提灯行列」が行はれ、電気ビルホテル周辺は二万人余の市民が手に手に提灯を捧げ歓呼の声をあげて行進、沿道にも国民体育大会の選手や市民、県民数万人が溢れ出て熱狂的な奉祝奉迎風景が繰り広げられました。午後八時行列の先頭が電気ビルホテルにさしかかるや、両陛下は提灯を御手に四階バルコニーに御出まし、提灯を右に左に大きく振つてお応へ賜つたのです。お疲れの両陛下に配慮した宮内庁は当初御出ましは十五分間だけとしてゐましたが、両陛下は行列の最後尾が着く迄、四十二分間バルコニーにお立ち遊ばして、最後に湧き上がつた天皇陛下万歳の大歓声にご満足げに大きくお応へあつて、漸くお部屋にお入りになられたのでした。予定時間を大きく超えて御出まし戴いた事に恐(きょう)懼(く)(おそれ、かしこまる)した富川富山市長は、翌朝電気ビルに赴き侍従を通じて昨夜の長時間の御迷惑のお詫びを言上しました。処が、天皇様は却つて、疲れるどころか、老若男女を問はぬ熱誠籠る歓迎を嬉しく思ふ旨の御言葉を伝へ給うたのでした。
 雄大秀麗なる霊峰立山、市民県民の心からなる奉迎、そして逞しく復興した町並。これらがどれ程大御心を安んじ奉つた事でせうか。

節分祭 祭事報告(平成二十年二月五日)

立春の前日である二月三日(日)午後二時より、節分祭を厳粛に齋行いたしました。
一般にいふ節分の日は、暦の上で大寒が去り、立春になる前日の特別な名称であり、翌日から一陽来福を祈るといふ考へから、清々しく立春を迎へるため、鳴弦(めいげん)の儀や豆まき、そして蟇目(ひきめ)の儀を行ひ、諸々の災害を祓ひ、又、家内安全・交通安全・学業成就等を祈念するため節分祭を齋行するのです。
当日は、午後二時の祭典開式前に本殿にて、多年に亘る奉仕を讃へ富山市弓道連盟へ感謝状を贈呈、そして修祓(しゅばつ)、献饌、祝詞奏上に続き、宮司が鳴弦の儀を執り行ひ、玉串拜禮、撤饌の後、大拜殿にて蟇目の儀、大的略式を齋行、そして内拜殿に戻り豆打ち式を宮司、年男、年女の奉仕者により執り行はれ、約三百人の参拜者の方々が撒かれた豆をいただきました。
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鳴弦の儀 栂野宮司          蟇目の儀 富山市弓道連盟 松岡了会長

蟇目の儀・大的略式は、県下で唯一、小笠原流に則つて執り行はれてをり、今回で第二十五回目の奉納であいます。大拜殿にて、富山市弓道連盟・富山県小笠原同門会・富山いずみ高校弓道部の総勢三十一名にて奉仕されました。
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大的略式

蟇目の儀とは
天下の邪悪を祓ふ儀式で、用ゐる弓は相位弓(そういきゅう)と申し、藤が七五三にまいてあり、これは神前の「しめ縄」を意味してをります。矢は矢尻のない鏑矢で先端に穴があけてあり、放たれますと笛のやうに鳴り、神秘な響きを出して魔性、邪悪を祓ふのであります。

大的略式とは
大的式は、天下泰平・国家安泰・家内安全を祈つて的を射る、射礼の儀式であり、六人の射手によつて三十六本の矢が放たれます。これは三六五日をかたどり天地を祭るとされてをります。

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豆打ち式

節分祭に御奉仕の皆様方、まことにありがたうございました。

二月祭典行事案内(平成二十年二月一日)

二月行事案内

  一日(金) 午前九時  富山縣鎭靈神社月次祭
        午前十時  永代祭
  三日(日) 午前六時  青空のみの市
        午前十時  永代祭
        午後二時  節分祭
 十一日(月) 午前十時  紀元祭
 十五日(金) 午前七時  月次祭(朝粥神事)
        午前八時  月次釜
        午前九時  みおや祭
        午前十時  永代祭
二十三日(土) 午前十時  祈年祭

二月の御製板を奉掲致しました。(平成二十年二月一日)

 ときどきの雨ふるなかを若人の
        足なみそろへ進むををしさ
  
 昭和三十三年十月十九日から二十三日の五日間に亘り、天皇皇后両陛下の行幸啓を仰ぎ奉り、第十三回国民体育大会秋季大会が富山県内各地を会場に挙行されました。本大会には当時の四十六都道府県を始め、復帰前の沖縄から、又、初参加のブラジルからも合せて、総勢一万四千名の選手団が参加しました
 両陛下は十八日午前九時半皇居御出門、午後六時半お召列車は秋雨けぶる富山駅に湧き上がる「万歳」の声の中に到着。富山県警音楽隊の国歌吹奏裡に、菊花御紋章の金色燦然たる小豆色のお召車に御乗車。駅構内から本日の行在所電気ビルホテルの間には、四万五千名の県民が日の丸の小旗を打ち振り、万歳を連呼して奉迎申し上げました。
 十九日は先づ県庁にて吉田知事に県政の概況、特に「稲の作柄」「富山県の結核患者が激減したさうであるが、それはどうしてか」「立山、黒部の自然保護」に就いて御下問(お聞き質(ただ)しになる)。知事は「収量予想は百八十万石から二百万石」「特に農家に台所改善を呼び掛けたのが効果的」「高山動植物保護に腐心するも、不心得な登山者もをり困つてゐます」と奉答申し上げた。次いで屋上より国見遊ばされ、十一年前の一面の焼土から、今日ここまで復興した様子をお喜び遊ばされました。その折の御製が「県庁の屋上にしてこの町の立ちなほりたる姿をぞ見る」(四月奉掲の御製)なのです。これに引続き県庁内に特設された天覧室にて産業御奨励の思召しにより繊維、化学、医薬、機械、金属、銅器、漆器、農産、水産、木工、菓子、清酒等々縫針のやうな雑貨品に至るまで総数二百四十八点にのぼる品々を天覧遊ばされたのです。尚この後自治功労者等に謁を賜りましたが、特に県遺族会舘会長以下十七名の遺族会役員は両陛下より優(いう)渥(あく)(極めて懇ろ)なる御言葉を賜るの栄に浴しました。
 十時五十五分、両陛下富山陸上競技場に着御。自衛隊中央音楽隊、県警音楽隊、県下中高校ブラスバンドと総勢五百名が勇壮なる楽の音と共に入場、「富山県民の歌」合唱、打上げ花火十発、十時五十八分、両陛下国歌吹奏裡に貴賓席に、そして立山の峰々に響けと高らかにファンファーレが鳴渡り、開式宣告、愈々大選手団の入場行進が開始された。その行進の殿は本県選手団六百五十七名。ワインレッドのウェアに純白のズボン。総員整列、吉田知事開会宣言があつて、聖火の最終走者岩川県体協副会長が聖火台に点火、国旗、聖炎旗掲揚、「若い力」合唱、文部大臣挨拶等があり、天皇陛下より御言葉を賜つた後、選手宣誓、この時七百羽の鳩、三千五百個の七色の風船が舞ひ上がり開会式の最後を見事に飾つたのです。この御製は、その折、「ときどきの雨」をものともせず堂々溌溂たる行進を続ける若人、次代を担ふ青年を見(み)行(そな)はして、その「ををしさ」を称へ給ひし御製なのです。

遺芳録のページに小泉利雄命を掲載いたしました。(平成二十年一月二十三日)

小泉利雄命
昭和二十年八月十三日
中華民国三江省にて戦死
西砺波郡砺中町西島出身
http://www.toyama-gokoku.jp/ihouroku/2008/01/post_9.html

遺芳録のページに小泉庄一命を掲載いたしました。(平成二十年一月二十三日)

小泉庄一命
昭和十九年四月十六日
ビスマルク諸島方面にて戦死
小矢部市津沢出身 二十四歳
http://www.toyama-gokoku.jp/ihouroku/2008/01/post_7.html

新年おめでたうございます(平成二十年一月十日)

新年おめでたうございます。平成二十年が皆様にとりまして益々御健勝で御活躍されますことを御祈念申し上げます。
ここに、年末年始の祭事報告といたし、写真にて御報告申し上げます。

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平成十九年十二月二十三日、午前中に天長祭を厳粛に齋行いたし、午後より絵馬焼納祭、すす払い、福ひめ認証式を行ひました。

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十二月三十一日午後より大晦日(おおつごもり)の大祓式を齋行いたし、一年の罪穢れを祓ひました。


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一月の御製板を奉掲致しました。(平成二十年一月十日)

立山の空にそびゆるをゝしさに
       ならへとぞ思ふみ代のすがたも


大正十年、天皇様の御不例(天皇様の御病気)に依り、皇太子様(後の昭和天皇)が摂政(天皇様の代理)に御就任遊ばされました。大日本帝国憲法第十一条の定めでは、陸海軍(当時は空軍はありませんでした)は大元帥である天皇様の統帥の下に在り「皇軍」と称されてゐました。大正十三年秋、陸軍大演習が富山石川の地に於て行はれ、これが統監の為に摂政宮様は当地に行啓遊ばされました。そして十一月三日時恰も明治天皇御誕生日(今の「文化の日」。昭和二年から同二十三年の間は「明治節」)の佳き日。西砺波郡埴生村(現小矢部市)に立たれた摂政宮様は、快晴の秋空の下、白銀にきらめく立山連峰の雄大なる山容に感嘆これ久しうし給ひ、翌大正十四年の歌会始の折「山色連天(山色天に連なる)」の勅題(天皇様がお出しになる、歌の御題)にて此の一首をお詠みになられたのでした。この御歌を拝した富山県民の感激はただならず、県民一致してこの御歌の碑を建立する事となりました。その碑に最も相応しい場所、雄山の頂上直下、三の越の巨大な自然石にこの御歌を謹刻する為、その謹書を侍従長入江為守子爵に依頼しました。峻険なる岩場での期間も短く限られた難工事、その困難を克服して大正十五年夏、竣功を見るに至りました。此の年の十二月二十五日大正天皇は崩御、摂政宮が践祚(せんそ)(先帝崩御の後、直ちに新帝が御位を継がれること)し給ひ「昭和」と改元されました。
 三の越の此の碑の標題は「東宮御歌」とされてゐます。たとへ東宮時代の御歌でも御即位後は「御製」と申し上げるのですが、「東宮御歌」とあるのは、お詠みになつたのも、碑の工事に着工したのも昭和天皇がまだ東宮の御時であつたからなのです。その上、見逃してはならないのは「み代」の持つ意味です。天皇として詠まれた場合は「わが世」或は「世」とされてゐます(一例‐昭和八年の御製「あめつちの神にぞいのる朝なぎの海のごとくに波たたぬ世を」)。つまり「立山の御歌」は東宮として摂政宮として、御父君大正天皇の御治世を称へ奉つて、敬語である「み(御)」をお付けになつたのです。大正から昭和への御代替りと言ふ歴史の重大な節目を雄弁に物語つてゐるのが、此の三の越の「東宮御歌」の碑なのです。そして「立山の御歌」は岡野貞一に依り謹作曲がなされ富山県民歌となり、式典等事ある毎に国歌と共に斉唱されて来ました。
 昭和天皇の御製碑は全国に凡そ百四十基建立されてゐます。実はその中の一割、十四基もの昭和天皇の御製碑が我が富山県内に建立され、その中の四基が「立山の御歌」の碑となつてゐます。富山県民歌と言ひ、最多の御製碑と言ひ、数ある昭和天皇御製の中でも、富山県民の此の御製に対する思ひが如何に特別に深いかがよく分ります。

富山縣護國神社
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